そうだ、葉っぱを売ろう! 過疎の町、どん底からの再生
大分前だけど、女房が毎日会社辞めたいばかり言っていて、そんなに嫌なら田舎帰って農業でもやったらどうかな、と思った時にどこかのブログで書評を見かけたので買ってみた本。
すっかり忘れてたが読んでみた。
この人も基本的にはこないだの「オタクで女の子な国のモノづくり (講談社BIZ)」と一緒でギャルの文化というか女子供を重視してうまくいった、というパターンですね。そもそものきっかけも寿司屋で女子大生が料理に添えられたモミジの葉っぱを「かわいい」と言ってハンカチに包んで持ち帰ったというのだし、第7章では明確に、女性と高齢者を主役にしないとだめ、男は評論家ばかりでだめ、実際には世の中のいろんなことの7割から8割は女性がやっている、と述べている。
まあ、そういうこの作者の生活は、薄給に耐え、全てを仕事にささげ、子供の面倒もみず、しまいには心筋梗塞になり、という、もろに男性社会のモーレツ会社員的なものだったりするというのがなんとも言えない。
こうして本になって地方再生なんて書かれてると、そんなもんかと思ってしまうが、普通じゃ絶対無理って話だ。そこまでしないと絶対無理。
ただ実際、いずれにせよ、方向性としてはそれしかないって気もしますね。「みんなが働ける社会づくり」ってあるけど、それしかないでしょう。若い人は減るばかりだし、会社を定年退職した男は役に立たないし。
面白いなーと思ったのは、超田舎のばあさんだったのが、勉強会に参加したり、視察に行ったり、取材に応じたり、してるうちに垢抜けてきた、という話。更に、それまでは山奥だし誰も来ないから住めればいいと思っていたのが、今は気持ち良く生活できるよう、改築にお金をかけ、家の周りをきれいにしているんだそうだ。これを作者は「ソフト力」がついてきたと言っている。それが「ソフト力」ね。
あと引用すると、
「渦を巻く」というのは、波紋が広がることとは違う。波紋は、水に何かを投げ入れるとできるが、しばらくすれば消えてしまう。それと違って「渦を巻く」というのは、板を水に入れて突っ込んで回すと、最初は抵抗がものすごく大きい。しかし渦が巻き出すと、それは板を回すに連れてだんだん力強く、大きくなり、ずっと巻いていく。
これを読んでそうかインターネットというのは波紋なんだろう、と思った。
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メディアでは紹介されなない苦労話が。
たまたま成功したわけではない。
ヒントに溢れている
農村の実態と地方再生、ベンチャー経営、そして経済が良く分かる
笑顔が目に浮かびますオタクで女の子な国のモノづくり (講談社BIZ)
昨日の「パラダイス鎖国 忘れられた大国・日本 (アスキー新書 54)」とは正反対の、欧米を成人男性の文化とすれば、日本は女の子な文化であるとして、堂々と女の子らしさを突き詰めるべしという意見。
ま、子供のままでいいじゃん、っつーことですな。
ではあるが、なんかここまであっけらかんと、肯定的に書かれると読んでて嬉しくなっちゃいますね。
確かに日本人がモノを擬人化する、というのは昔からある話だし、歴史的にそうだと言われると説得力もある。最近の若い男は脱毛したりしてるが、江戸時代にはふんどしからはみださないように銭湯で毛抜きでお尻の毛まで脱毛していた、という話が載っていたり。世界でも表意文字と表音文字を混在させて使ってるのは日本語だけ、平安時代の大和撫子が「仮名文字」を発明したように、21世紀の今、ギャルたちが絵文字によるコミュニケーション文化を創り出した、とか。はてまた、東京医科歯科大学名誉教授の角田忠信博士っつー人が、世界でも日本語とポリネシア語を話す人だけが左脳(言語の処理)が優勢になる、他の言葉を話す人が子音で判断してるのに、日本語とポリネシア語を話す人は単語の意味を判断するのに母音を頼る、自然界の音は母音に近いので、日本人は虫の音や川のせせらぎなども言語を処理する左脳で扱うのだ、だから自然に風流=意味を感じる、という学説まで出てくる。
(安部公房「死に急ぐ鯨たち (新潮文庫)」に引用されてるそうです。)
最後には麻生太郎の「キャプテン翼 (2) (集英社文庫―コミック版)」話。トッティもジダンもキャプテン翼の影響だとか。
あーそうそう、こないだの「国家の品格 (新潮新書)」にも日本に来た西洋人が秋の虫の鳴き声を聞いて、なんだこのノイズは?と言った、それを聞いて憤慨したという話が出てましたね。
そうっすね、個人的には、しゃべる自動販売機がいいなあ。そういう「かすがい」機能を持った、人と人をつなぐロボットのようなものが日本全国に広まったらいいなと思いますね。
いや、広まるでしょう。間違いなく。
講談社
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日本の製造業の特徴づける理由が興味深かった
良書です
日本人気質と、モノつくりと、現代のカルチャーを綺麗にブリッジさせたまとめを展開するよみやすい本。
爽快な読後感
現代日本の消費と社会を視る最高の教科書読書進化論~人はウェブで変わるのか。本はウェブに負けたのか~ (小学館101新書) (小学館101新書 1)
こういう、出る前から売れるの間違いなし、みたいな本をすぐに買って読むのはいかがなものかと思ったが、まあね、こういうブログやってるのも、そもそもは勝間和代の本を読んだのがきっかけだし、今の自分があるのもいろいろな意味で勝間和代のおかげみたいなもんだし、感謝と敬意を表して読むことにしてみた。
いやあ、もうタイトルからして今まさに勝間和代は冴えまくっている、絶頂にある、って感じじゃないでしょうか。絶頂なので、一方ではカツマーとか(笑)、mixiのコミュニティとか、腐敗臭するものも現れ始めている、というようなことも明らかになった。
サブタイトルに「人はウェブで変わるのか」とかってある割にはウェブと読書の関連については、しょっぱなに定義してしまって終わり。あっさりしたもんです。ちょっと拍子抜けしました。
中身を見れば、ウェブにある情報と同じかもしれませんが、ウェブの中でそこまで洗練された適切な情報を手に入れようとしたら、ものすごく骨が折れます。
全く同じ意見。私の読書というのは、大体がperlとかのプログラミング言語に関する専門書のことなので、既にウェブ上に情報はある、間違いなく。だから昔はネットで調べればいいやと思ってたんですよね。でも勝間和代を読んで「あっ」と思って、それからは本で読むようにしました。その方が体系立てて理解できるから速い。情報の質も高い。ウェブは玉石混淆でいいものと悪いものがまじってるからその選別に時間がかかりすぎる。
あとウェブ上の情報にしても英語のものの方がはるかに充実してるので、結局英語が読めないと話にならない。だからどうせ翻訳書読むんだったら洋書で読んだ方がいい。
そういえば茂木健一郎が今やウェブにはあらゆる論文が読めるようになってるので、もう大学なんてなくたって研究ができる、みたいなこと本に書いてたけど、いやーそれは疑問ですよねえ。論文だけ読んで理解出来る人はいいかもしれないけど。。。
他は、まあ、リアルの書店の話が面白かったかな。そっかーamazonで検索しても本って見つけられないもんなんだ、ってのが分かっただけでも良かった。いつもamazonで検索してそれを書店に探しに行って、「見つからない」と思ってたんだけど逆なんすね。
じゃー、そんな訳で、新井素子読み直しますか。「あなたにここにいて欲しい (講談社文庫)」
俺は、「星へ行く船 (集英社文庫 75B)」がいいね。
小学館
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宣伝本?
2008年現在、本はウェブに負けてないです
多面的な読書法ですね
本を売る努力をしている人ですね
これは進化論??手帳・メモ・ノート200%活用ブック
巻頭インタビューが「ほぼ日手帳」の糸井重里。字を書くということは踊りに近い、今はキーボードを押すだけになっているが、身体はリズムとか動きを取り返したくなっている、だから手書きだ。身体を使った知性を取り戻したい、インターネット上の「知」には奥行きが見えない、というような話。
手帳なんてもうずーっと使ってなかったんだけど、「佐々木かをりの手帳術」とかが好きな女房が手帳使うといいよ、と言うので今年から「ほぼ日手帳」使ってみてるんだけどね、まあほぼ1年使ってみて、どうも使い方がこれじゃいまいちだなあ、もっと参考になる他の使い方はないものかなあ、と思って読んでみた。
どっちかっていうとこれは、手帳の使い方というよりは「手書き」の良さを勧める本ですね。
手で書いたことはパソコンと違って、不思議と頭に残る、とみんな言ってますね。
これは何故なんですかね。私もこのブログを忘れないようにと思って書いてはいるんですが、ほんの数ヶ月前に書いたことでも今全く覚えてないですからね(笑)。
手書きだと忘れないというのはもう絶対で、今勉強してる英語も、文章をノートに手書きで丸写した日と、ただ読んだだけの日ではリスニングした時の聞き取れ方が全然違う。まあ面倒なのでたまにしかやらないんだけどさ。
中に出てくる徳田和嘉子(東京大学法学部)っていう人が1983年生まれだけど、ノートで手書き重視派と言っているから、若い世代の人でもやっぱり手書きなんだね。
と、精神科医の和田秀樹が、
僕が手帳にメモしておくことって、たったこれだけですよ。情報処理にかける時間はこのキーワードを書く数秒だけです。これだけの速いスピードで情報を処理できものは、手で書くこと以外には、今のところほかにはないでしょう。
と言っている。どんなにスマートフォンやらiPhoneが進化しても手書きにはかなわない、というところでしょうか。
他、面白いなと思ったのは、大きい紙、A3が自由に書けていい、という利茂剛(映画CM監督・俳優)とか、会社には壁一面のホワイトボード、かつては自宅にもホワイトボードを置いていた、という子笹芳央(リンクアンドモチベーション代表取締役)。二人とも大きくなきゃだめなんだ、みたいなこと言ってる。
俺も、パソコンとかPDAとかがだめなのはその視覚的な大きさだと思う。
一番感心したのは総合格闘家 須藤元気の話。「創造には思考、言葉、行為の3つの段階がある」とか、今の時代、人は「時間のために」人生を生きてしまっている、とか、「シンクロノート」をつけたらいい、とか、自分が与えたら得られる「波紋の法則」がある、とか。なんかいい話ばっかり。
(シンクロとはユングが提唱した意味ある偶然の一致のこと)
シンクロ現象は起こそうと思っても起きるものではないので、「お知らせサイン」をもらったら、そのことに感謝し、偶然起きたことをノートに書き留めておくのをおすすめします。そうすると、「これはこういう意味があって必然的に起きたんだ」とすべてがつながっていき、やがてシンクロの波に乗ることができるからです。
すごいね。
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そうだと思います決断力 (角川oneテーマ21)
将棋という勝負に関する話なので決断力に限らず、集中力とか他いろいろな「力」について書かれている。
最近流行だからね、なんとか力が。やたら多くないですか、特に新書に。
ってもこれは2005年の本なのだが。。。
将棋という勝負の世界が、コンピュータという技術革新によって大きく変化した、している最中である、という話が何度も繰り返され大変興味深い。
実際これは、劇的な変化だったんでしょうねえ。過去の棋士と対戦したらどうなるか、という話で、対局するなら升田幸三先生とやりたいが、もし先生が現代に現れたら一瞬で勝負がついてしまう、それほど現代の情報化時代の将棋は進歩している、だそうだ。
条件は同じじゃないってことだな。
おもしろいなーと思ったのは羽生善治が、そういう情報化への対応もあるし、戦法とか考え方とか、20代はこうだったが30代になってからはこうだ、みたいに、時代に合わせて変化させてる、常に変えてるってところ。その、変化してる自分との比較で出てくる加藤一二三先生の話がおもしろい。
羽生はもう30歳過ぎてからはいい棋譜を残そうとか思わなくなったが、60歳を過ぎた加藤一二三は今も棋譜を大事にしている、その集中力はすごい、とか。一つの戦法、棒銀戦法を徹底的に固めてやってる、とか。
加藤先生はもう三十年ほどまったく同じ形の将棋しか指されない。食事もいつも同じものを注文なさる。違う食事を注文した日には、将棋会館に衝撃が走る。「今日は鰻じゃなくて寿司を注文したぞ」と、一日中話題になるのだ。
鰻か寿司かで衝撃が走る将棋会館ってのもすごいものがあるが、私もどっちかと言ったらいつも同じものを注文して食べて、同じ仕事を同じやり方でやって、という毎日を過ごしているのでこの話を読んで加藤先生に大変共感しました。もし将来将棋をやってみる日が来たらその棋譜を見てみたい。
その他、将棋には怖いところがあって、1年とか2年とか将棋のことだけを考えていると頭がおかしくなり戻ってくることができなくなるんだという。うーむ。。。
まあ、まずは将棋盤を買おう。
角川書店
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あれれ?
状況判断の源
ライターさんが書いた文体
恐ろしく読みやすい
祝!永世名人






